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山口地方裁判所下関支部 昭和46年(ワ)113号 判決

原告

佐々木正江

ほか三名

被告

室木洋吉

主文

一  被告は、原告佐々木正江に対し一六九万四、七六三円、原告佐々木一夫、同佐々木章、同佐々木弘子に対しそれぞれ九九万六、五〇八円及びこれらに対する昭和四六年五月二一日から右支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告らのその余の各請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は被告の負担とする。

四  本判決一項は仮に執行することができる。

五  ただし、被告が原告佐々木正江に対し一三五万円、その余の原告らに対しそれぞれ八〇万円の担保を供するときは、右各仮執行を免れることができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

(原告ら)

一  被告は、原告佐々木正江に対し二三六万一、三七七円、同佐々木一夫、同佐々木章、同佐々木弘子に対しそれぞれ一四〇万七、五八四円及びこれらに対する昭和四六年五月二一日から右支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

との判決及び仮執行の宣言。

(被告)

一  原告らの各請求はいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

との判決及び敗訴の場合は担保を条件とする仮執行免脱の宣言。

第二当事者の主張

(請求原因)

一  本件交通事故の概要と被告の損害賠償責任

被告は六トン積貨物自動車(ふそう四二年式登録番号山一そ三七八号。以下、被告車両という)を所有し、右車両により貨物運搬を業とし、その運行の用に供しているものである。

昭和四五年八月一二日午前五時三五分頃、被告は被告車両を運転して山口県豊浦郡豊田町大字八道一八三九の一番地先路上を同町西市方面から豊北町方面に向けて進行していたのであるが、同所付近は左に急カーブした下り坂で見通しが悪いのであるから、速度を減じ前方の安全を充分確認して進行すべきであつたにも拘らず、時速約六〇キロメートルのまま速度を減ずることなく、且つ、センターラインを越えて対向車線(以下、便宜原告車線という)を進行した過失により、折柄、原告車線上を対向進行して来た訴外亡佐々木政雄(以下、亡政雄という)運転の原動機付自転車(以下、便宜原告車両という)と正面衝突して、被告車両の前面底部で原告車両諸共右政雄を約一七メートル引摺つた為に、政雄は即死し、原告車両は炎上して使用不能スクラツプと化した。

よつて、被告は自動車損害賠償保障法三条本文、民法七〇九条に基づき、右事故によつて生じた後記損害を賠償しなければならない。

二  損害

(一) 亡政雄の逸失利益 六八〇万九、一三一円

亡政雄は大正一〇年一〇月九日生れで、本件事故当時四八才の身体強健勤勉一途な男性であつたが、田約三反歩の耕作及び竹切り等の請負或いは日稼の仕事をする傍、昭和四〇年頃から宇部興産株式会社山陽無煙鉱業所に採炭夫として勤務していたもので、本件事故前一ケ年間の収入は、明確なものだけでも、(イ)宇部興産株式会社より四五万九、三四二円、(ロ)吉川竹材店より二一万四、五〇〇円、(ハ)農業収入として二一万一、九九一円、以上計八八万五、八三三円であつた。

亡政雄の生活費は右収入の三〇パーセント以下と考えられ、その就労可能年数は政府の自動車損害賠償保障事業損害査定基準によれば一五年であつて、その際の中間利息年五分のホフマン係数は一〇・九八一である。

以上の数値により亡政雄の逸失利益を算出すれば次のとおりである(円未満切捨て)。

885833円×0.7×10.981≒6,809,131円

(二) 原告車両の物損 二万五、〇〇〇円

原告車両は亡政雄の所有するところであつたが、前記の如く使用不能となつた為、同人は本件事故当時の右車両時価相当額二万五、〇〇〇円の損害を蒙つた。

(三) 原告らの慰藉料

原告正江は亡政雄と昭和二二年六月に結婚(婚姻届は昭和二三年三月二三日)し、二人の間に昭和二三年四月二一日原告一夫が、昭和二六年八月一二日同章が、昭和三二年八月三日同弘子がそれぞれ出生し、本件事故に至るまで一家は幸福な家庭生活を営んでいたのであるが、被告の過失に起因する本件事故により敬愛する夫であり父である亡政雄を失つたのであるから、原告らの蒙つた精神的苦痛は甚大であつて、その慰藉料としては、亡政雄の妻たる原告正江につき一五〇万円、その実子であるその余の原告らにつき各一〇〇万円を以つてそれぞれ相当とする。

(四) 葬儀費用 二五万円

原告正江は亡政雄の配偶者として、葬儀費用二五万円を支出した。

(五) 原告らの相続と損害賠償請求権総額

原告正江は亡政雄の配偶者として、亡政雄が被告に対し取得した損害賠償請求権前記(一)、(二)計六八三万四、一三一円の三分の一である二二七万八、〇四三円、その余の原告らは亡政雄の直系卑属として右配偶者の相続分を控除した残額の各三分の一である一五一万八、六九五円の損害賠償請求権を相続した(以上、円未満は切捨て)。

原告正江の被告に対する損害賠償請求権総額は、右の相続分に前記(三)の慰藉料一五〇万円及び同(四)の葬儀費用二五万円を合算した四〇二万八、〇四三円となり、その余の原告らのそれは、右各相続分に前記(三)の慰藉料各一〇〇万円を合算した各二五一万八、六九五円となる。

三  損害の填補

原告らは本訴提起前に自動車損害賠償責任保険給付として五〇〇万円を受領し、その三分の一である一六六万六、六六六円を原告正江の前記損害賠償請求権に弁済充当し、その残額の各三分の一である一一一万一、一一一円をその余の原告らのそれに弁済充当した(以上、円未満切捨て)。

四  結語

以上の次第であるから、被告に対し、原告正江は損害賠償請求権残額二三六万一、三七七円、その余の原告らは同残額各一四〇万七、五八四円及びこれらに対する本件訴状送達の翌日である昭和四六年五月二一日から右支払済みに至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

(請求原因に対する認否)

請求原因一項中、事故の態様及び損害賠償の範囲については争うが、その余の事実は認める。

同二項中、亡政雄の生年月日及び亡政雄と原告らの身分関係は認めるが、その余の事実は不知。

同三項の事実は認める。

(抗弁)

被告は本件事故現場をクラクシヨンを吹鳴しながら時速約六〇キロメートルで道路左側部分を進行中、亡政雄運転の原告車両が被告の進行車線(以下、便宜被告車線という)を対向進行して来るのを発見したので、急拠右(以下、左右の表示は当該車両の進行方向を基準とする)に転把してこれを避けんとしたところ、原告車両も左に避けた為、センターラインを一乃至一・三メートル原告車線に入込んだ位置で原・被告両車両が衝突し、本件事故となつたものであるから、亡政雄にも右事故の発生につき重大な過失があつたと言わなければならず、本件損害賠償額の算定については、右の過失が斟酌されなければならない。

(抗弁に対する認否)

否認する。

第三証拠〔略〕

理由

一  請求原因一項(本件交通事故の概要と被告の損害賠償責任)中、被告が昭和四五年八月一二日午前五時三五分頃、自己の為に運行の用に供する被告車両を運転して時速約六〇キロメートルで本件事故現場に差掛り、原告車線上で亡政雄運転の原告車両と正面衝突し、その為亡政雄は即死し原告車両がスクラツプと化したことは、当事者間に争いがないが、事故の態様の細部について争いがあるので、その点及び便宜同じく争いのある抗弁事実(亡政雄の過失)について判断する。

(一)  〔証拠略〕を綜合すれば、

(1)  本件事故現場は幅員約七乃至八メートルの県道上であり、路面はアスフアルトで舗装され歩車道の区別なく、ほぼ中央部にセンクーラインが白ペンキでしるされ、付近に人家はまばらであるが、豊田町西市方面から豊北町方面に向つて約二度の下り勾配で左にかなり大きくカーブしており、その屈曲点付近の道路左側端に接して井口七三郎の平家建居宅が存在する為、その両側からの見通しは若干不良である。

(2)  被告は車幅二・一六メートルの被告車両を運転して、西市方面から豊北町方面に向つて時速約六〇キロメートルのまま前記左カーブを廻ろうとした為に、被告車両が被告車線内に於てカーブを廻り切れずに原告車線に振り出され、折柄同車線上を対向進行して来た亡政雄運転の原告車両を前方近距離に発見して危険を感じ、直ちに急制動の措置をとるも殆んど制動効果の生ずる間もなく、ほぼ時速六〇キロメートルのまま前記井口方居宅前付近を通過した直後、原告車線上センターラインより約二・五メートルの位置で、被告車両前面中央やや右よりの部分を原告車両に激突せしめた。

以上の事実が認められ、(1)の認定に反する証拠はない。

(二)  ところで被告は、原告車両が被告車線を進行して来たので、これとの衝突を避ける為にクラクシヨンを吹鳴して急拠右に転把し原告車線に進出したところ、原告車両も左に転把した為に原告車線上センターラインより一乃至一・三メートルの位置で原・被告両車両が衝突した旨主張し、〔証拠略〕中には、右主張に沿う部分があるけれども、〔証拠略〕によれば、亡政雄の日頃の慎重運転には定評があつたし、同人が本件事故現場に到達するまでに特に右側車線(被告車線)上を通行しなければならない事情はなかつたことが認められるので、かかる認定事実に、前記(一)(1)認定の如き本件事故現場付近の地形、当事者間に争いのない時速約六〇キロメートルという被告車両の速度、〔証拠略〕により認められる原・被告両車両の衝突地点及び被告車両のスリツプ痕の位置形状等を綜合して判断すれば、亡政雄が特にその必要もないのに敢えて道路交通法規に違反し右側車線(被告車線)上を通行して来た為、被告が衝突を避けるべく対向車線(原告車線)上に進出したものと認めるよりか、むしろ前記(一)(2)の如く被告が左カーブを廻り損ねたものと認定するのが自然であり、吾人の経験則にも適合すると考えられるから、〔証拠略〕中前記(一)(2)の認定に反する部分はたやすく信用することができず、他に右認定を左右するに足る証拠はない。

(三)  そこで前記(一)の認定事実に基づき考察すれば、被告は前記左カーブに差掛つた際、かなりの急カーブであるうえに前方の見通しも充分でなかつたのであるから、当然減速徐行してカーブを廻るべき注意義務があるというべきである。しかるに被告は時速約六〇キロメートルのままでカーブを廻ろうとしたのであるから、右徐行義務を怠つた点に過失があり、この過失が本件事故の原因をなすものであることは、以上の認定事実に照らし明白である。

(四)  してみれば、本件事故は被告の一方的過失に起因し亡政雄に過失は認められないから、被告は自動車損害賠償保障法三条本文、民法七〇九条に基づき、右事故によつて生じた後記損害全額につき賠償の責めに任ずべきである。

二  請求原因二項(損害)中、亡政雄の生年月日(大正一〇年一〇月九日)及び亡政雄と原告らとの身分関係については当事者間に争いがないが、その余の事実は全て争いがあるので、以下これらの点につき判断する。

(一)  亡政雄の逸失利益 四九五万九、二八七円

(1)  亡政雄は前記の如く大正一〇年一〇月九日生れであつて本件事故当時四八才であつたのであるが、〔証拠略〕によれば、亡政雄は生前原告ら主張の如く稼働し、その本件事故前一ケ年間の収入は少なくとも左のとおりであつたと認められる。

(A) 宇部興産株式会社採炭夫 四五万九、三四二円

(B) 竹材採集労賃(吉川竹材店) 二一万四、五〇〇円

(C) 農業収入 二一万一、九九一円

合計 八八万五、八三三円

しかるところ、〔証拠略〕によれば、亡政雄は健康にして且つ勤勉な男性であつたことが認められるのであるから、その推定就労可能年数は原告らの援用する政府の自動車損害賠償保障事業損害査定基準(四八才の場合一五年)を参考にして、採炭夫につきその労働の強度と特殊性からして、右基準の約半分の七年、その余の農業竹切り等につき一五年と認めるのが相当である。そして、右認定の如き健康状態等に照らすと、亡政雄は右各推定就労可能年数の期間中、少なくとも前記認定の額程度の年収を得たであろうと推認される。

(2)  亡政雄の右期間中に於ける生活費の額は、後記認定の如き家族構成等に照らすと、前記収入の三〇パーセントと認めるのが、経験則上相当である。

(3)  そこで、以上の数値に基づき亡政雄の死亡時に於ける逸失利益の現在価額を算出するに、中間利息控除の方式として原告らが主張するホフマン方式は、貨幣資本が一定期間単利法で利殖されることを前提として、現在から一定期間後の貨幣資本の現在価額を算出する方式であるが、現今の貨幣資本は六ケ月又は年毎の複利で利殖乃至運用されているのが最も普通であるという経済社会の実態に鑑み、又、特に控除期間が長期の場合には右現在価額が不当に高額になる等の不合理性を帯有するので、これを採用することはできず、そこで、複利割引法であるライプニツツ方式で年五分の中間利息を控除して算定すれば、次のとおり四九五万九、二八七円となる(円未満切捨て)。

〈1〉 採炭夫としての収入

459342円×0.7×5.7863(7年のライプニツツ係数)≒1860523円

〈2〉 竹材採集労賃及び農業収入

426491円×0.7×10.3796(15年の同係数)≒3098764円

〈3〉 合計収入

1860523円+3098764円=4959287円

(二)  原告車両の物損 二万五、〇〇〇円

原告車両が使用不能スクラツプとなつたことは当事者間に争いがなく、〔証拠略〕により原告車両が亡政雄の所有であつたこと、その事故当時の価額は、〔証拠略〕により二万五、〇〇〇円であつたことがそれぞれ認められ、反対の証拠はないので、亡政雄は右同額の損害を受けたことになる。

(三)  原告らの慰藉料

〔証拠略〕によれば、原告正江と亡政雄は昭和二二年六月に結婚し、二人の間に原告一夫、同章、同弘子が出生し(原告らの身分関係は当事者間に争いなし)、昭和二九年以降山口県豊浦郡豊田町大字浮石五八〇番地で亡政雄と原告らの一家は勤勉で円満な家庭生活を営んでいたのであるが、被告の一方的過失に起因する本件事故により事故当時四八才という働き盛りの夫又は父であり一家の支柱である亡政雄を失つて、その結果原告らは長年住みなれた前記浮石の住居を離れ、田畑の耕作も他人に委ね、いずれはこれも売却処分しなければならない窮状に追いやられていること、被告は右事故の損害賠償につき誠意ある態度を示さず、その為原告らは法律専門家である弁護士に本件訴訟追行を委任し相当な出費を余儀なくされている等の事実が認められるので、以上の諸事情を勘案すれば、原告らの右精神的苦痛に対する慰藉料としては、原告ら主張のとおり、原告正江につき一五〇万円、その余の原告らにつき各一〇〇万円を以つて相当と認められる。

(四)  葬儀費用 二〇万円

〔証拠略〕によれば、原告正江が亡政雄の配偶者として約二〇万円の葬儀費用を支出したことが認められるところ、前記認定の如き亡政雄の一家に於ける地位からすれば、右程度の費用を以つて原告正江が葬儀を執り行うことは社会通念に照らし相当であると認められるから、右費用は本件事故と相当因果関係にある損害と言うべきである。

(五)  原告らの相続と損害賠償請求権総額

原告らと亡政雄の身分関係については当事者間に争いがないので、亡政雄に生じた前記(一)、(二)の計四九八万四、二八七円の損害賠償請求権の三分の一である一六六万一、四二九円は配偶者として原告正江が、その余の三三二万二、八五八円の各三分の一である一一〇万七、六一九円はその余の原告らが直系卑属としてそれぞれ相続した(以上、円未満切捨て)。

よつて、被告に対し、原告正江は前記慰藉料、葬儀費と合せて三三六万一、四二九円、その余の原告らは各自前記慰藉料と合せて二一〇万七、六一九円の損害賠償請求権を取得したことになる。

三  請求原因三項(損害の填補)については、いずれも本訴提起前に、原告正江が一六六万六、六六六円、その余の原告らが各自一一一万一、一一一円の各弁済を受けていることは当事者間に争いがない。

四  結語

以上の次第であるから、被告に対する原告らの本訴各請求は、原告正江が損害賠償請求権残額一六九万四、七六三円、その余の原告らが同残額各自九九万六、五〇八円及びこれらに対する本件訴状送達の翌日であること本件記録上明白な昭和四六年五月二一日から右支払済みに至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるのでこれを認容し、その余は理由がないので棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条、九二条但書を、仮執行及び同免脱の各宣言について同法一九六条一項、三項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 谷水央 小川国男 笠原克美)

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